至福の時は夢か現か

※本小説はオリカビ企画「Narco Ouroboros」様の設定と世界観に基づいていますが、一部自己解釈、捏造が含まれる場合があります。予めご了承ください。




ある日の朝ーーー


ベアタの気分は最高だった。なぜならついに先日、前々から目をつけていた人気のパンケーキ専門店、「ホワイトレディス」の期間限定新商品、プレミアムホワイトクリームパンケーキの前売り券を入手出来たからである。


いかな技術大国ステナドルといえど、人々の「食」に対する関心は高く、ましてパンケーキ専門店としてはこの国で1、2を争う人気を誇る「ホワイトレディス」の新作とくれば、前売り券を手にいれることすら困難なのだ。


しかし、そこはこの国を裏から牛耳るC-rushのメンバーである。ツテを頼りになんとかかんとか前売り券と今日という休日を勝ち取ったのであった。


……のであったが、


「…ない!

……ない!!!ない!ない!ない!!?!?」


いざ店の前に着いて、券を改めてみようとすれば、大事に握りしめて出てきたはずの前売り券がどこにも見つからないではないか。


「うッッッそだろオイ!あァ~~んなに苦労して手にいれたのにィィィ!!」


つい数秒前まで鼻唄まで歌っていたベアタの頬に冷や汗がつたい、もとから蒼白い顔が更に蒼くなっていく。


どこで落としたのか、思い出そうにも焦りとヤクでやられた頭では記憶も栓を抜いたように溢れ出ていってしまうのであった。


「あの……」


……そんなうちひしがれるベアタに、そっと声をかける者が一人。


「……誰だ、アンタ」


ベアタが振り向いた視線の先にいたのは心配そうに此方をみつめる小さな女子ーーーいや、その時のベアタの目には天使に見えたかもしれない。なぜならーー


「って、おまっ!!そ、その手に持ってるヤツって!!!」


そう、話しかけてきた少女ーールルーシェの手には、くしゃくしゃになり、はじっこに変な落書きがされている前売り券が握られていたのだ。


俺の!と言い終わらないうちに少女が喋り出す。


「はい、今朝駅前のビル影から出てきた際に落とされていたのを拾ったんですが、お声をかける前にそのまま行ってしまったので見失ってしまって…この前売り券に書いてあるお店に行けば、お渡しできるかなと…」


なので、どうぞと笑顔で手渡された前売り券を受け取り見つめる。誰かにとられないようにとベアタが書き込んだおにたん♥️の絵もある。これは確実に俺の券…


「駅前のビル影……」


そして、おぼろ気ながら記憶も戻ってきた。そうだ、駅前……今朝、朝イチのセロポロをキめて…それから頭がふわふわしたままここまできたんだった…それで…


「じゃあ、わたしはこれで…」


「おい」


くるりと振り返りもときた道を戻ろうとする少女を、つい呼び止めてしまう


「お前…あまいモノ、好きか?」


ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー


「~~~~ッ!!!美味しい!!」


「いやー!マジそれな!!!ヤベー!!」


ベアタの目の前に広がるのは夢にまでみた限定新作パンケーキと…

…同じものを頬張りキラキラと目を輝かせる少女の姿だ。


「…ハッ、す、すみません…こんなに…」


見られていることにはっと気づいてか少女は頬を赤らめて目を伏せる。


「なに、気にすんな!アンタがコレ拾ってくれなきゃ俺だって食べれなかったわけだしィ…それに、元々キャル…えーっと、まあ、ツレと一緒にくる予定だったのを断られてたから、一人分余るトコだったんだよな~」


当初の形とは違うが…まあ些細なことは気にしない、なによりこうして念願のパンケーキを食べれているのだ。スイーツ屋巡りはセロ・ポロスをキメること以外のベアタの数少ない楽しみである。


絶望は希望の後の方が大きいというが、絶望の後にくる希望の味は格別であった。流石国内トップのパンケーキ店、今回の新作も大正解の味だった。


それに…


「ご馳走さまでした!」

「ハァ~~食った食ったァ…」


この女…わざわざ駅前で拾った見知らぬ他人の者を直接届けるほどのお人好し……久々にいいカモに会えたかもしれない。甘味欲を満たして一息ついたベアタの腹の底から、今度は黒い欲求が渦巻いてくる。


「ア~…そうだ、この後空いてる?折角だし、何かお礼したいんだけどさァ…」


「い、いえいえ!お礼なんて…もう既にパンケーキ頂いてますし…」


「いいからいいから!あ、ご馳走サマっしたァ~!」


目的のモノも食べ終わり、遠慮する少女を強引に店の外へ連れ出すと、人気のない場所まで手を引っ張っていく。

甘味も好きだが…俺はコイツの方が好きだ。


「ちょ、ちょっと…!なんですか急に…!?」


ベアタが袖から取り出した青白い粉末を見て、少女は表情を変える。なんだ、知ってるのか?この年で?珍しい。


「んん~?お前、コレが何か知ってんのォ?」


慣れた手つきで舌先に粉末を乗せる目の前の男を見て、ルルーシェは一瞬たじろぐが、すぐに目付きを変える。

先ほどまで一緒にパンケーキを食べていたこの男は…


「その粉…いや、その薬は、セロ・ポロス!あなた、C-rushのドーパーね!」


「あン……?お前、C-rushのことまで知ってるっつーことは…もしかしてADIAかぁ!ハハ!!」


「……ッ!」


ふらふらと姿勢が定まらないベアタに対し、相手を敵対存在と認識したルルーシェは戦闘体制に入る……が、そもそもルルーシェは戦闘員ではないのだ。訓練は受けているとはいえ、見習いの身で、慣れない戦闘、しかも相手はC-rushの…


「オイオイ、急にそんなコワい顔になるなよなァ~俺悲しくなっちゃうだろォ……それと」


「確かに俺は見ての通りセロポロ大好きっ子だがその辺の雑魚ドーパーと一緒にされちゃ困るぜェェ…なんたって、俺ァ武装セルのロック★キング!ベアタ・キャンディスサマだからなぁ!!」


「なッ…!?」


ドーパーじゃない!?セルの構成員…!距離を取らなければ…そう思ったルルーシェの目の前に現れたのはーーー


ーーー青白く発光する鉄線だったーー


ーーーーー

ーーー


「ん~~!オイオイオイ!まるで手応えがねェじゃんかよォ~?道理でADIAにしては見覚えがないわけだぜ…お前、戦闘員じゃねぇな?」


十数分後、そこにあったのは袖から伸びた青白いムチを振りかざす男と、手足に傷を負いながらも辛うじて立っている少女の姿であった。


「な~~んかさっきから出してくる分身?みたいなのもショボいしィ…戦闘員じゃないなら、殴っていたぶるより、連れて帰ってもっと楽しいコトした方がいいかァ!!」


息を切らしながら、ルルーシェは目の前の男を見つめる。

事実、ルルーシェが能力『糖衣の天使』で生み出した分身は非力で戦闘には向かない。分身は糖分を元に生み出すため、先ほど食べたパンケーキの分、普段よりも数は出せるが…気を反らすのが精一杯で、どれも直ぐにあのムチのようにしなる蒼白い鋼線に薙ぎ払われてしまった。


そして、男は突如、鋼線を地面に突き刺すと、空いた片手でその鋼線をギターの弦のように鳴らし始める。


『熱く語れ(ドロー・ザ・ライン)』ーーーベアタのもつ能力は両手から伸びる青白い鋼線のようなものを自在に操る能力。そしてーーー


「ーーッ!?この音、あ、頭が…?」


この鋼線を弦に見立てて鳴らした音を聞いた相手の思考を暴走させ、最終的には自身の支配下に置いてしまうのだ。


「ロックだろォ!このまま聞き続けて脳天イっちまいなァ!!」


ベアタがさらに激しく弦をかき鳴らそうとしたその時、



「ーーあ?ーーーいでッッ!?」


ブツリ、と地面に固定していた弦が突如全て千切れてしまった。そしてベアタはその反動で勢いよく地面に叩きつけられる。


「んなッ…俺の鋼線が…焼ききられたのかーーーッチ!」


更に倒れ込むベアタに追撃の砲撃が襲い

かかるも、これを咄嗟に避ける。


「クソ!外しちまったか…まだ目は疲れてねぇハズなんだけどな」


「こっちは命中(アタリ)…今回の副作用は…ん…軽い頭痛か…大丈夫だ、まだイケるよ。リロードも終わってる。」


「ーーッ、テメェらは…!」


そう、現れたのはADIA砲撃班のオウルとロンブスだ。オウルの持つレーザー銃の熱線が、ベアタの鋼線を焼き切ったのだった。

さらに、オウルの能力『腫瘍緩解』により、場を支配していたベアタの音の残響も消え去っていく。


「大丈夫か、ルルーシェ」


「モルス、さん…」


「もう安心しろ。よく頑張った…」


ボロボロになり倒れ込むルルーシェを抱き起こし、懐から液体の入った小瓶を取り出しているのは近距離起動班のモルスだ。そして、そのモルスの隣で心配そうな顔でルルーシェを見つめている小さな影が一つあった。


(あれはアイツの分身!?…あの一体以外を囮にして、助けを呼ばせにいったのか…)


「ッ、クソッ、1対3たァ随分卑怯じゃねぇか、ADIAのマゴッツどもがよぉ!ーーッ!」


目の前に飛んできた銃弾を何重にも鋼線を重ねて形成した腕で咄嗟に弾く。


「卑怯などと、C-rushの輩に言われる筋合いはねぇな!」


すかさずベアタは距離をとるが、流石にこの人数差、先ほどまでの余裕は消え失せ、顔には汗が伝う。


(…ックソ、流石に不利だな、一旦引くか?)


飛んでくる弾丸と熱線をなんとか捌きながら、少しずつ距離を離そうとする。


「私を忘れてもらってはこまる!逃がさないぞC-rush!」


が、次の瞬間、懐に飛び込んできたモルスの蹴りをモロにうけ、ベアタは派手に吹き飛ぶ。


「……ッハ!クソッタ、レ…」


「…形勢逆転だな。」


体勢を崩して倒れるベアタに二つの銃口が向けられる。流石本職の戦闘員、強さがまるで違う…


「…ねぇ、なんか聞こえない?」

 

「ん?音?音なんてなにも……!?」


と、その時、砲撃班の二人の後ろにあった街の放送用スピーカーから突如大音量の音楽が流れはじめる!


「…ッ!?なんだ、この歌…」


三人が困惑する一方、ベアタはニヤリと笑みを浮かべ、再び腕から弦を張り巡らせる。


「あいつ!またあの能力を!オウル!」


「わかって、る!…っはァっ……けど、」


モルスが叫ぶが、一方のオウルはなにやら様子がおかしい。ほんの数秒で先ほどまでとはうって変わって息がきれ、顔が赤くなっているのだ。


…そういえば私も体が熱い…!?


「オイ!この歌は敵の攻撃だ!!耳ふさげ!」


「せいかァ~い!だが!もう手遅れだぜ!!オレの歌は既に暖まってんだヨ!!!!」


体の異常に気づいたロンブスが仲間に伝える言葉を書き消すかのように大音量でスピーカーから女性の声が流れる。


「タイミングさいっこうジャン!キャルよォ!!」


そして、三人が怯んだ一瞬の隙をついて再びベアタが青白い弦を掻き鳴らす。


「しまっ…!ぐうっ…」


さらにスピーカーから流れる歌も止まらない。脳を掻き乱すギターの音と、体を加熱させる歌声に、モルスは思わず足をふらつかせる。うすぼやけた視界に、先ほどの男と、もう一人……赤い髪の女が映る。


あのマイク…先ほどまでの歌はあの女性が……、モルスの頭が熱をもち始め思考が霞む、だがこんなところで立ち止まるわけには…


「キャル!ナイスフォロー!さっすがだぜェ!」


「ナイス!じゃねーっつーの!!折角気が変わってパンケーキ付き合ってやろうかと思ったら何でADIAのやつら3人に囲まれてんだよこのヤクチュウが!!」


「し、仕方ねーだろ!気づいたらこうなっちまったんだから!」


仲間割れか…?言い合う二人を前にモルスは先ほどの小瓶を中身を飲み干す。

『夢の造形者(モルフェウス)』ーー小瓶に入っていたモルスの「涙」は少量であれば触れた相手の痛覚や恐怖心を抑制する効力を持っている。


「…っふ、よし!」


そしてモルスの能力は本人にも有効だ。先ほどよりも思考がクリアになっている…小瓶を投げ捨て、モルスはコンバットナイフを構えて二人に向かって突っ込んでいく。


「待て!お前らも私の家族にしてやる!」


「ッハ!家族にナイフ向けるたあとんだ家庭だね!」


が、モルスの攻撃は空を切り、キャロラインの拳が目の前に迫るーーー


「ッ!!?熱ーー」


飛んできた拳を咄嗟にガードしたモルスの腕が焼ける。


『死神は熱く謳う(レッド・ホット・チリ・リーパー)』ーーキャロラインの能力は歌による他者への攻撃だけではない。

歌うことによって自身の体も文字通り熱を増し、身体を強化するのだ。そして、その体はうかつに触れれば熱で相手を火傷させるほどの高温になる。


「オレに触れたら火傷するってね…」


「っ、く……面白い…」


ふらつきながらも再びキャロラインを正面に捉え、構えるモルス。だが、次の瞬間、キャロラインは赤い煙幕の中に消えてしまう。


「っなッ…!?催涙ガスか…目が…」


「っくそ、どこ消えやがった!標的をロストーーー」


ーーーーーー

ーーーー

ーー



「なーオイ、あのままやってても勝てたんじゃねェ~のか?何で俺たちがあんなマゴッツども相手に…」


「ハー、やっぱりアンタの頭は薬にヤられてんのね!あの赤い軍人みたいな格好のやつ、オレの歌あそこまで聞きながら突っ込んできたんだぞ!後ろの砲撃部隊二人もだんだん回復してたし、また応援呼ばれてたらどーすんのよ」


「……」


先ほどの場所から少し離れたところーーキャロラインお手製の激辛煙幕玉で目をくらませて戦線離脱したベアタは、キャロラインから説教を食らっていた。


「まあ…勿論やられっぱなしで終わりはしないけど、ねぇ?」


「…だよなァ!」


二人は顔を合わせると、悪い笑みを浮かべてビルの影に消えるのであった…



一方、ADIAでは…

「昨日はすみませんみなさん…ご迷惑をお掛けしました」


あれから一日、検査の結果軽傷のみと診断されたルルーシェは昨日の事件の報告に呼び出されていた。


「なに、気にすんな…それよりふがいねぇのはヤツらを逃がしちまった俺の腕だ。」


「あの歌……次からは要注意だな」


「…」


報告に呼ばれたのはロンブス、オウル、モルスとルルーシェの4人だ。昨日の事件をなぞるように、ルルーシェの口から報告が始まった。



「……以上が、わたしからの報告になります…」


報告を終えて、ルルーシェは自分の手が震えていたことに気づく。「恐怖」ーーなんの気なしに街で日々すれ違う人の中にも、昨日のような、C-rushの一員が紛れている恐怖……この国が常に薬物の脅威と隣り合わせという事実を、自分の身をもって体験した恐怖……


頭では知っているつもりでも、本当の意味では知らなかった。現場で、腹の中が凍るようなあの空気の中で…下手をすればどうなっていたか。まだ隊に所属したての、見習いの身には荷が重い経験であった。


でも…それでも。私は決めたのだ。あの日、あの時、自分を救ってくれたADIAに恩返しをすると誓った日、自分のような子供をもう出さないと志を固めた時から…この国から薬物を…セロ・ポロスを消すと!


確かに、戦闘では自分は役にたたない…それは昨日のことでも身に染みてわかった。なら、私は私のやり方で…


「……私からの報告は以上です。」


「ご苦労だった。敵の能力についての詳細な報告書はまた後日提出してもらう。では、解散だ。」


報告が終わり、各々が自分の持ち場に戻って行く中、ルルーシェもまた、新たな決意を胸に歩いていくのであった。